「再来年のデビュー60周年は奇想天外なものをやってみたいね…」
―ビクターエンタテインメントの橋 幸夫が60周年に向けそんな戦略の一端を語った。話題を呼んでいる林よしことのデュエット曲「君の手を」の発表会で来阪した折り記者の質問に答えた。背景には不透明な音楽業界への危機感が見え隠れする。30数年ぶりに橋さんに会った。

高校生の時、股旅演歌「潮来笠」でデヒュー。第1回日本レコード大賞新人賞を獲得。以来、舟木一夫、西郷輝彦と「御三家」としてメディアが大々的に取り上げ、一躍スターの座に。その橋も再来年にはデビュー60周年を迎える。プライベート面では熟年離婚、再婚も経験。何かと話題の多いまさに時の人となった。
記者時代何度となく取材した経験があるが、一度だけだったが橋さんと大阪市内のホテルで一献を共にした。焼酎の水割りを飲み始めた時のこと。橋さんから「キュウリを入れたら美味しいよ…」と言われ躊躇することなく実践。確かに味は瑞々しくそれまでにない風味を体験したことを覚えている。そんなたわいもない昔話にも花を咲かせ、有意義な一時だった。

音楽業界に携わってもう50年近いが橋さんが大活躍した昭和のいい時代も経験したし、今では考えられないような体験もした。新人からベテランまで沢山の歌い手を取材してきたが、特にベテランになると新曲の話は二の次でいい時代の事を回想したり業界の将来や課題に盛り上がることが多い。橋さんは「いい時代にもう一度戻りたい。僕の中にはそんな思いがある」
橋さんの言う「いい時代」とは音楽業界が花形産業と言われデュエット作品が盛んだった昭和の時代だ。

新曲はせいぜい年間一枚が当たり前の時代だが、音楽業界が絶頂期の時代は「年間12枚のシングルを出した。それが6年続いた。新曲が出ても地方にキャンペーンに出掛ける時間がなくほとんどレコーディングに時間が取られたね」と当時を振り返る橋さん。これまでレコーディングした作品はアルバムを入れると500曲を越えるという。
平成に入り業界は厳しいが、いい兆しもある。演歌・歌謡曲がファンに見捨てられないで頑張っているBS放送の歌番組だ。橋さん自身も「BS放送の歌番組はとってもいい刺激をアーティトにもファンにも与えてくれている」ときっぱり。人と人との間にあった確かな潤いなど欠落したものは多いが、勇気付てくれた昭和の歌世界の灯りが再び蘇っていることに橋さん自身エールを送る。
「人間のずるさが今のこんな時代を形成しているように思う。ここでもう一度アナログ時代に戻って手作りを考えないといけない。BSでいい歌番組を制作したいのが夢ですね。ニーズは確実にBSにある」と言う橋さん。BSで歌番組を自らの手で作りたいのが夢らしい。

文:金丸