かつて大阪一のメインストリートと言われた心斎橋筋に久々に立ち寄った。昭和のいい時代のお洒落で都会的な雰囲気の面影は消え、その変貌ぶりに驚いた。大声でしゃべりながら大きな買い物袋を下げた東南アジア系の旅行客であふれている。その異様な光景に記者には近寄りがたい雰囲気すらあった。かつて心斎橋筋には「ミヤコ本店」を筆頭に「三木楽器店」、「ヤマハ心斎橋店」、外資系の「ヴァージンメガストア心斎橋店」といったCDショップが大型店舗を構えていたほか、アメリカ村にはタワーレコード、WAVEが競っていた。また、心斎橋筋を東に入ったビルの一角には輸入盤専門店として名をはせた「メロディーハウス」が存在し洋楽ファンに人気を呼んでいた。音楽業界が右肩上がりのいい時代のことだが、今はこれらのショップはほぼ全滅。かろうじて三木楽器店が楽器部門だけを残し存続している。

新聞記者時代。エンターテイメント部門を担当していたこともあり取材で音楽の情報発信基地的な存在だった心斎橋界隈のCDショップを度々訪ねていたことが懐かしい。当時、心斎橋筋で音楽の先端を走っていたといってもいいのが名実ともに大阪の代表的なCDショップ「ミヤコ本店」だった。心斎橋のど真ん中という最高の立地に店舗を構え、東の「山野楽器」、西の「ミヤコ」と言われたほどの超有力店でもあった。当時の音楽界はユーザーと一番近いメデイアと言われたのがCDショップの店頭だった。そのため店頭の一等地を確保しようと各メーカーの営業マンは様々な企画を提案しながら日参。店頭の争奪戦が繰り広げられていた。

同店は日本のCDショップで初めてエスカレーターを設置した店舗として話題を呼んだし、店内には演歌からポップス、クラシック、ジャズ、アニメなど各社から発売されている商品をほぼ網羅していたほか、2階にはスピーカーやアンプといったハード機器まで揃ったまさに音の殿堂でもあった。音楽好きだった記者もその商品の幅広さと豪華さに思わず衝動買いした経験が度々あった。

そんな「ミヤコ本店」が年間を通じ一番盛り上がったのがクリスマスを巻き込んだ年末商戦。今はレコードメーカーの体力が衰えそんな商戦すらないし元気もないが、当時は各社からそうした商戦にターゲットを絞った企画商品が店頭に並び、需要喚起を演出していた。新入学シーズンに向けた春商戦、夏のボーナスを目当てにした夏期商戦、そして年間最大の需要期と言われた年末商戦と店頭は年間を通じ賑やかだった。中でも年末商戦の風物詩として毎年人気を呼んだのがユーミンこと松任谷由実の「ユーミンDAY」だった。その豪華絢爛なPOPが年末になるとミヤコ本店の一等地を占領する。クリスマスに向け発売するユーミンのニューアルバムの販売促進の一環で発売日の前日夕刻から店頭にド派手なPOPと共に商品が平積みされる。その数はおよそ数百枚。模様はメディアにも度々取り上げられ商品は飛ぶように売れた。多分80年代からこのユーミンDAYはスタートし10年以上続いたと、記憶している。何しろ当時の発売元(東芝EMI)のドル箱だっただけにその力の入れようは半端ではなかった。CD購入者には抽選でグッズが当たるなどサービス面も充実していた。同店ではこの他、サザンオールスターズやSMAPといったアーティストの店頭展開も行われていた。サザンの時は店頭に本物の車も登場したほどだ。

その「ミヤコ本店」も数年前に惜しまれながら閉店した。音楽ファンのライフスタイルの変化に対応できなかったのだろうか。好きな音楽を探しに通った心斎橋界隈のCDショップはもう風前の灯状態。音楽ファンにとっては淋しい限りだ。

文:金丸