国内で隆盛を極めたカラオケだが成長期の1980年代は台湾や香港、中国など東南アジアにもその勢いが拡大した。新聞記者時代に台湾や香港、中国に取材で出かけたことがある。日本と同様に活気に満ち溢れていた光景が焼き付いている。

最初に出かけたのが台湾。日本と同様に道路沿いに郊外型カラオケボックスがいたる所にあった。そのうちの何軒を訪ねたがその盛り上がりに驚いたことを覚えている。現地では「北国の春」や「酒よ」といった日本でもカラオケの定番といった作品が頻繁に歌われていた。台湾の最近のボックスは当時に比べるとゴージャスになり日本と同様に都心への進出が顕著でビル一棟がカラオケボックスといった例も少なくないらしい。地元でのカラオケは高級な娯楽、と位置付けられていると聞く。

香港では当時、日本の大手カラオケメーカーが出店したカラオケボックスを取材した。もう20数年前のことで鮮明には覚えてないがオープン祝いに駆け付けた地元のアイドル歌手たちと歌ったことはいい思い出の1つでもある。ただ、中国では苦い経験がある。取材ではなくボックスに遊びに行った時の事。何故か着飾った女性が・・。話をするでなく、ただひたすら勝手に歌い飲むだけ。一向に盛り上がらない雰囲気に業を煮やし帰る事に。勘定を聞いてビックリ。1曲も歌ってないのに3万円だと。「やられた」とつぶやいたもののもう後の祭り。取材費で落とすわけにもいかず友人と足取り重くホテルに引き上げた、という情けないお話でした。