今回は演歌とカラオケについて記者なりの一端を述べてみたい―。
演歌市場は若手の台頭で微かな光明も輝き始めたが、依然として厳しい市場にあることには違いない。アイドルやポップス隆盛が一方にあり、いつの間にかこの流行歌の王道を占めていた演歌が業界の端っこに追いやられた。しかし、このジャンルの存在感は数字よりずっと大きいという不思議な世界でもある。ビートルズ世代にも「カラオケは演歌」という実体験が根底にある。一方、老若男女に今なお大人気のカラオケ。メディアとして生き続けている。

前置きが長くなったが演歌市場を支えているのはカラオケ愛好家である、と断言してもいいだろう。しかし、ネックになっているのもこの層である。つまりカラオケ愛好家向けの作品を量産するあまりアマチュアには難しい聴き歌、野心作は敬遠される。だから演歌の枠の拡がりや作品の音楽的な発展が妨げられているような気がしてならない。記者はカラオケがこの世に出始めたころからこの業界にいるがカラオケの存在感の大きいことは肌で感じている。ただ、カラオケがここまで業界を牛耳っていくとは当時は想像すら出来なかったというのが本音である。

演歌復権の年と言われた昭和54年には3作のミリオンセラーが出た。金田たつえの「花街の母」、小林幸子の「おもいで酒」、そして渥美二郎の「夢追い酒」。どれも傑作であることは事実だが、急成長のど真ん中にあったカラオケが相当の追い風になったことはこの時代を経験した業界人であれば誰もが認めるところだろう。演歌隆盛と歩調を合わせ、この頃からカラオケがどっしりと業界に根付き始めた。以来、新曲発売日には通信カラオケで新曲の配信がスタートする。これがないと今やキャンペーンのターゲットになっているカラオケサークルやカラオケ喫茶での販売促進がスムーズに進まない。歌手がイベントで作品のPRをする際には「カラオケに入ってます。カラオケで歌って下さい」だが演歌隆盛の時代は「聴いて下さい」だった。様変わりと言わざるを得ない。

コツコツと商品を売り、そしてカラオケで作品の浸透を高めるといった長年培ったノウハウはこのジャンルならではの大きな武器でもある。ただ、残念なのはカラオケメーカーがレコードメーカーを買収する時代で、カラオケの存在感、実力を認めざるを得ない。カラオケは健康にもいいことから介護施設などへの導入にも拍車がかかっている。メディアとしてこれからもカラオケは生き続けるだろう。このカラオケと上手に付き合っていく演歌界。これからは1人のヒーローを作るより「10人の兵」を作ることが業界の繁栄につながる様な気がする・・・。

文:金丸