§ TOPインタビュー

一時、演歌・歌謡曲界は女高男低が続いた。しかし若手の著しい成長もあり現状は男性陣に押され気味だ。そんな市場に「ちょっと待った」とばかり彗星のごとく現れたのが、そのユニークな名前と経歴に注目が集まっているシンガー・ソングライターのおかゆ(ビクターエンタテインメント)。


今年の5月1日にペンネームで書き下ろした「ヨコハマ・ヘンリー」(作詞・作曲:OKAYU/編曲:野々田万照)でメジャーデビューしたが、その存在は各メディア等でもデビュー前から際立っていた。女性としてはおそらく初の「流し」としての土台を築き、付いたキャッチフレーズが“平成のおんなギター流し”。歌の世界が光り輝いていた昭和時代に歌で多くの人々を勇気付てくれた歌謡曲の灯りを「令和」で再び蘇らせたい―、そんな強い信念が見え隠れするおかゆにインタビューした。

―歌手名が“おかゆ”とは随分ユニークですね?
私の本名が「ゆか」でこれをひっくり返して「お」を付けたのが“おかゆ”を命名した理由です。中学時代に友達が名付けてくれました。当時からこの名前がしみついていましたし、自分でもとっても気に入っています。

―流しは2014年から始めたそうですがきっかけは?
この年の1月から東京の上野で流しをスタートしました。故郷の札幌にいた頃、歌手を目指していた母に地元の繁華街・すすきのにあったスナックに連れて行ってもらい母の歌をいつも聞いていました。でも、私が17歳の時に母が事故で突然亡くなり、そのショックから私自身もふさぎ込んでいました。一時は鬱状態にもなりましたし、この先どう強く生きていけばいいのか…と自問自答するほど心の葛藤もありました。そんな自分の中での結論は、母が目指していた歌手になることが唯一の親孝行だと思い一念発起しました。絶対に諦めない、そんな強い意志の元でこれが最初で最後の賭けだと自分にいい聞かせ、“おんな流し”としてスナック回りをスタートしました。それからは歌手として生計を立てていこう、と決心しました。

※亡き母の口癖でもあった「七転び八起き 幸せに。」という言葉を数字に置き換え”7842″名の方との写真をブログに掲載する事を目標の一つに掲げている。

 
―女性の流しってあまり聞いたことがないだけに大変なこともあったのでは…
甘い世界ではなかったですね。「流し」といってもまともにギターも弾けず苦労の連続でした。ギターコードも当初弾けたのは3つだけ。見様見真似の状態でまさに前途多難でした。初めた頃は32軒のお店を訪ねましたが全て断られたり…、やっとOKをいただいたお店では冬場だったので寒くて手がかじかんでギターもまともに弾けずボロボロでした。そんなお店を先日尋ねましたがもう無くなり現在はオカマバーになっていましたが…、私にとってはいい思い出となっています。それからは徐々にですがリピーターもできて「一週間に1度は必ず来てほしい」と言って下さるお店も増えてきました。お陰様で当時生活のためにしていたアルバイトも多忙になり辞めた程です。。

―「流し」といえばどうしても演歌色の強いイメージがありますがどんな曲を歌っておられたのですか?
「流し」で最初に歌った曲は鳥羽一郎さんの「兄弟船」ですが、声を張り上げて何とか歌い上げたのを覚えています。基本的には歌謡曲がメインですが、最近ではお客様のリクエスト曲もジャンルの多様化が確実に進んでいるせいかニューミュージックなども歌わせて頂いています。

―母娘揃って高橋真梨子さんの大ファンだったとか…
母が高橋真梨子さんをすごく好きだったのでその影響は大いにあると思います。私自身は、藤 圭子さん、ちあきなおみさんも好きですね。お二人のCDは今でもよく聴かせてもらっています。特にちあきなおみさんの表現力には引き込まれますし、そこに共感する自分がいます。「流し」をしていてもこのお二人のリクエストは多いですね。ちあきなおみさんではやっぱり「喝采」が一番人気ですが、他には「赤とんぼ」や「紅い花」が人気楽曲です。藤 圭子さんでは「京都から博多まで」のリクエストが多いでしょうか。

―「流し」をされていると相当な数のリクエストがあるかと思いますし、多くのレパートリーを持っていないと認めてもらえないこともあるかと?
現在、約1000曲程のレパートリーがあります。演歌・歌謡曲は勿論ですが、最近ではいろんなジャンルが要求されます。基本的にはワンハーフの歌唱なのですが、いただいたリクエスト曲はとにかくそれらを歌い終えないとお客様は納得してくれません。

―ところで話題になっている“おんなギター流し”としての全国47都道府県を制覇するという挑戦を達成されたそうですが…
スタートは東京からでしたが、2019年4月1日に沖縄にて達成できました。たくさんの方々の応援をいただけて感謝の気持ちで一杯です。とにかく全国に行きたい、そして1つの功績を残したい―、そんな夢もあり挑戦しましたので達成感は勿論ありますが、今の気持ちはやっとスタートラインに立った、そんな思いです。

―シンガー・ソングライターとしては“OKAYU”のペンネームでデビュー曲を、小金沢昇司さんにご提供された「青春の忘れもの」では”六月ゆか“として書き下ろされていますが、今後もライター活動を?
勿論です。これからもシンガー・ソングライターに拘っていきたいですし、それが私の最大のセールスポイントだと思っています。また、ライターとしての依頼があれば積極的にトライしていくつもりです。

―おかゆさんのデビュー曲「ヨコハマ・ヘンリー」は横浜が舞台の作品ですね
実在ではない横浜の米兵、ヘンリーとの恋の思い出を描いた作品なんですが、レコーディングまでに何度も手直しを重ねて完成しました。アレンジは野々田万照さん(高橋真梨子さんの旦那様)にしていただきました。当初はカップリングの「愛をはじめないで」がメイン曲候補でしたが、今ではどちらも大好きな作品です。

―これからの目標など
とにかく音楽史に残る名曲をたくさん作っていきたいです。70歳位になってもキーを下げずに歌いたいですね。それと、親子三世代がコンサート会場に来てもらえるようなアーティストを目指したいです。頑張ります!

 

*記者のひとこと*
数年前、とある場所でベテラン歌手が呟いた。「いい時代だった昭和の財産を平成で全て潰した」。―そんな呟きが今も脳裏に焼き付いている。同時に印象的な言葉だった。当方もその呟きに呼応しながら「うんうん」と納得。その場に妙な空気が漂った。平成から令和に年号が変わり歌謡界は新たな模索を始めている。おかゆのデビュー曲は歌謡曲。ちょっぴりセンチな旋律もいいが軽快でお洒落さが際立っているしアレンジに昭和の匂いがプンプン漂う。すっきりとした作品になったのは彼女の声質と言葉の運びにある、と感じた。歌を愛し、歌の神髄を独特の暖かさで包み込んでいる様は鋭い感性の持ち主だからか…。それにしても前例のない“女流し”が全国47都道府県を行脚するというのは大きなニュースだ。細心の計画と準備がなければ成功はあり得ないが、そんな大それた計画を新人歌手が見事達成したことには素直に拍手を送りたい。おかゆには昭和時代にあった輝きを令和でも歌い継いでもらいたいし新たな風穴を開けもらいたい。歌謡界の新しい顔になるのはそう遠くはないだろう。    

インタビュー&photo:金丸

 
*スケジュール詳細はおかゆオフィシャルサイトをご覧下さい⇒

おかゆ:アメブロ

 

おかゆ「ヨコハマ・ヘンリー」MUSIC VIDEO (Short Ver.)