◎ インタビュー

azusa1「歌い手は職人でなければ―」と熱い眼差しで語る梓 夕子。10月12日に発売した新曲「冬恋かなし」(作詩:リーシャウロン/作曲:小田純平/編曲:矢田部 正)では「新しい自分を見てほしい」―
そんな意気込みもさながら、これまでに見られた和服姿から一変、ショートカットに黒のスーツと大胆なイメージチェンジで挑んでいる。

2008年に徳間ジャパンへ移籍し「露地しぐれ」を発売。以降、毎曲ごとに音頭ものや仁侠もの、不倫、ふるさとなどをテーマにした作品を歌い続けてきた。
「前作まで“ふるさと”もの作品が3作続いてきたので今回の新曲を機に全部変えてみよう、と25年間続けていた着物姿からこれまでのメージを一新して新しい梓夕子を見てほしかったんです」と思い切ったショートカット&スーツ姿に変身した。

特に黒のパンツスーツに拘ったのは―
「自分の中で昔から変身願望があって、宝塚の男装に憧れてました。これまでの着物の衣装ではしっとり感のある女性をイメージングしていましたが、新曲では気負うことのない、このままの自然体の自分でいられるのが心地いい」と声も弾んだ。

今回初の小田作品を歌うにあたり、「歌い手は職人でなければ―」と着々と準備を重ねてきた。
「もちろんこれまでの作品にしても作家の先生方やスタッフと一緒に打ち合わせを重ねて曲作りを進めてきたんですが、小田作品を歌うにあたり、元来の“小田純平バージョン”をじっくり聞いてから自分なりに研究しました。小田先生からこの曲は感情を入れて歌ってほしいと言われ、レコーディングの時にはアドバイスをしてもらい歌い方も変えました」

「声のトーンについても大好きな“小田ワールド”を生で歌いながら教えて下さるなど、何から何まで良いお手本を示してもらえました。何よりの新たな試みとして、感情を押しながらも尚且つ殺しながら歌うように心がけていますが、まだまだ勉強の毎日です」とは、まさに歌う職人さながらの姿勢が印象的だ。

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1991年「夜の浮草」でリバスター音産からデビュー。
きっかけとなる「大先輩の田端義男さんや、安倍律子さんが所属されていたレコードメーカーで正当なオーディションを受けたかった」のが憧れの歌手への始まり。
「当時、『夜の浮草』を歌っておられた橋幸夫さんがこの曲の女性バージョンの歌い手を募集されることになり、橋幸夫さんとの競作という形でデビューできて本当にラッキーでした」と振り返るが、その後は紆余曲折を経て7年間の充電期間を過ごしての今日となる。

新曲「冬恋かなし」は2015年に発売した第2弾「梓夕子全曲集 ~おかえり…ただいま~」(全16曲)に収録されたもので、元々、シンガーソングライター・小田純平氏の大ファンで「恋月夜」や「桜カフェ」などをよく聞いていた梓が以前に大阪で行われた小田氏のライブで挨拶に伺った際に、「君の好きな曲を入れていいよ」と言ってもらい念願が叶った1曲。

この全曲集の選曲にあたっては自分自身が歌ってみたい曲を選ぶなどの拘りもあったと―
「祖父が弁士だったこともあり、どちらかというと懐かしさのある昔の歌を歌ったり聴くことが多かったんですが、そんなに古さを感じさせずにいまの自分が歌ってみたい曲を選んでみたんです」と、オリジナル曲のほか「池上線」や「紅とんぼ」など原曲歌手の歌をじっくりと聴いてから臨んだ。

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新曲の表現については、「主人公の女性を実際に演じることはできないですが、こういう女性は絶対にいる、と思って皆さんに歌で紹介できるんじゃないかと思っています。女性だからこそ歌える『冬恋かなし』をぜひ楽しんでほしい」と語った。

カップリング曲「だめな私」(作詩:下地亜記子/作曲:宮路オサム/編曲:山口順一郎)は、今から26年前に宮路オサム氏が手掛けた作曲家第一号作品で、梓の所属事務所社長が宮路氏と親交があったのが縁で「ムード歌謡もいいかもね」と決まった。

いまは次の一手を踏まえつつ、二胡(擦弦楽器)を数年前から習い始めたらしい―。

“歌い手は待つのも仕事のうち”とはよく言われる言葉だが、日々地道に鍛錬を重ね、準備が整ったタイミングで心から「待ってました!」と思える作品に出会えるチャンスは果たしてどれくらいなのだろうか…とふと考えさせられた。

インタビュアー:kodama

新曲「冬恋かなし」

<レギュラー番組>

テレビ:
『歌謡最前線』
『BSいきいき歌謡塾』

ラジオ:
CBCラジオ
『梓 夕子のモーニング歌謡曲』
ラジオ関西
『梓 夕子の歌謡ホームラン』
『梓 夕子のなごみ亭』
『めざまし歌謡曲』

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梓 夕子 オフィシャルサイト
http://azusayuko.main.jp/index.html